あれは春だったと思う・・・・・
ウルトラマン(後の剣道部の部長)がコレで魚が釣れる!と持ってきた物を見た・・・・?なんだこれ?
それは3本イカリ針が2ケ付いていた・・・これは・・・・餌を付ける所が沢山あるな!
6ケも付けるのか?と聞くと・・・
違うよ!それ自体が餌の代わりで水の中で引くと金魚みたいに動いて食べに来るんだ!
ルアーって言うんだ!と言われた。
フ〜ン・・・・・・
その後全校生徒400人の中で唯一ルアーの事を知った5人が各自本を買い(ルアー入門)、本買ったぞ!・・・
俺も・・・っと見ると全員が同じ本を持っていた確か・・・・井上博士?著だったかなぁ〜・・・
当時バイブルは唯一この1冊しか無かったと思う、その後、新しく出たぞ!と買ったのが服部名人のルアー釣入門
だったかな〜、しかし内容はほぼ一緒だった・・・・・。
そしてつきに1度、津久井湖へ行ったが誰も釣れなかった・・・当たりも無かった!
ある日、親父にバスを釣に午後からバイクで連れて行って貰った。(親父が唯一やった事が無い釣だった)
ダムを渡った所でパンクした・・・・通りに在ったバイク屋で修理してもらい、その人にどこでバスが釣れるか?
と聞き・・・そ〜ね〜?良く解らないけど?・・・・あの辺りかな〜?と聞いた場所へ行き・・・やって見た・・・・
釣れない・・・・親父が、俺にやらしてみろ!と、しばらくやったが・・・・釣れない・・・・!・・・・・?
(釣には自信があった親父が悩んでいた・・・・)
暗くなって来たので帰った。(その後、親父は二度とルアーは行かなかった・・・・)
毎月、行く前の日はワクワク!ドキドキ!して眠れなかった!
そして帰りは・・・・もう行かない!やめた!と言いながら帰った!
しばらくすると・・・・来月どうする?何日がいい?セットのルアー買ったぜ!どれどれ・・・・(俺も・・・・)と、なり!
バイブルを読み・・・今度こそ!日本で唯一、神奈川県にしか居ない魚ブラックバスを釣るぞー!となってしまう。
タックルはピストルハンドルのルアーロッド(グラス製)にクローズドフェイスリールに蛍光色のナイロンラインこれが
ルアー専用のタックルだと思っていた。
(見た事も無い形のロッドとリール!専用はカッコイイナ〜!違うよな!と思っていた。)
一人だけスピニングタックルを使っていた、リールはガルシアと書いてありオーソドックスな昔からある形で、とても
良いリールだとは思えず、へんなの!それはルアー用じゃない!と皆で言っていた。
ちなみにその時はオリムピックかダイワ製だった。
後に片方のメーカーのロッドだけが良く折れた!(価格は買い値で\3,000〜\5,000以内だった。)
ルアーは\500〜\800のスプーン、スピナーセット、か1ケ\120〜\300のスピナー、\500前後のミノーとスプーン
スピナーとスプーンは輸入品が良いとされていた、ミノーはラパラが一番で(\1,000以上したと思う)高価なので
ダイワのバルサミノーが似ていたのでこれなら2〜3ケ買えるぞ!と選んでいた。
ただ問題は泳ぎが全然違いマトモに泳ぐやつが少なかった!
この頃、アイを調整すると泳ぎが変わると言う事が解り、買うたびに試していた。
その後、魔法のルアーこれさえあれば釣れる!と言われたのがヘドンのスーパーソニック(黄色い稲妻)
と言われていた。(しかし誰も釣った奴は居なかった。大人が使うと良く釣れたらしい・・・・)
コリもせず毎月行っていた・・・・・。そして・・・遂にその日はやって来た!
9月24日
朝一の電車、バスを乗り継ぎ三ケ木のバスターミナルへ到着。
ここから相模湖行きの一番バスは早い時間は無いので沼本までの下り坂を4人で歩き出した・・・・・
一人が早歩きに・・・タッ・タッ・タッ・タッ・タ・・・すると他の皆も早歩きに・・・タッ・タッ・タッ・タッ・タ・・・
そしてもっと早歩きにタ・タ・タ・タ・タ・タ・タ・他の皆もタ・タ・タ・タ・タ・タ・タすると一人が・・・・走り出した!・・・
ヤバイ!(何故か思ってしまう・・・・)全員ダッシュで競争になってしまった!
5分後、津久井湖沼本ワンドに到着!
皆、ヘトヘトである・・・・水位はワンド内の小島に反対側からギリギリ渡れる位、水色は茶色く濁っていた!
島に渡り思い思いのルアーを付け開始!しばらくして、水中から枝が出ているのを発見!そこへ一人が投げた・・・
枝に命中(パシッ)して落ちた(ポチャッ)・・・アー引っ掛からなくて良かった!と見ると・・・・・ガバッ!(エッ!)
なんとバスが釣れてしまったのである!(みんな始めて見るバスに興奮したのは言うまでも有りません)
使用ルアーはラパラF11(B)だった。それからはどうなったか?・・・・・そうです!皆さんの予想通り!・・・・
その木へめがけて投げ始めたのです・・・・結果は・・・・そうです!皆さんの予想通り!・・・
木へルアーは引っ掛かりルアーを無くし、そこへ投げるのをやめたのでした・・・・・その後、ツリーになった木を
恨めしく見ながら続けました、誰も釣れず時間は過ぎて行きました、一人が・・・そうだ!ボートを1時間だけ借りて
ルアーを取ろう!引っ掛かったルアーが1ケ¥1.400ボート代が1時間¥350これは取らないと損だ!
そうだ!そうだ!と盛り上がり借りる事にした、しかし借りるにはワンドを対岸までのボート乗り場まで歩いて行かな
ければ行けない!・・・・誰も自分が行くとは言わない・・・・・・そうだ!ここから大声で叫べば・・・・・ヨーシ!
す・い・ま・せ〜ん!ボート2台か・し・て・くださ〜い!1じ・か・ん〜!ボート屋のおじーさんが気が付き島まで
ボートを持って来てくれた。
早速、漕ぎ出しルアーの救出へ・・・・・めでたく全部回収できた。その後は・・・・一瞬だけ釣りをしましたが・・・
皆でボート競走になってしまったのです!最初は真っ直ぐ進まない奴、オールの使い方も解らずバシャッバシャと
水しぶきを上げるだけだったのがシッカリと漕げるようになりました。
気が付くとマメができ疲れたので島に着け岸から沖へ向かって、ひたすらキャストし始めました。しばらくすると・・・
ラインが撚れて竿先に絡み付いてしまったのです!
(クローズドフェイスリールはやたら撚れた・・・構造的には考えたら当たり前なのだが・・・)
(当時はこのリールだけがルアー専用だと信じて疑わなかった・・・)
手で直すのも おっくうだったのでロッドティップをピク、ピク振り外していたのでした。
そして外れた・・・リールのクラッチを切りラインが出るのを確認して巻き始めると・・・?
急に巻けなくなり?根が掛ってしまった・・・・足元には木が沈んでいた、茶色く濁っていたが水深1.5m位。
このルアーは釣れた事もないし・・・イラネェや!切れてもイイや!エ〜イ!と引っ張った、すると・・・?
重みを感じたまま上がってきた?濁りの中にボワァ!っと白モノが・・・・なんだ?・・・・まさか?・・・・・
心臓が・・・ドックン!・・・・バシャッ!なんと!ブラックバスが・・・釣れていたのです!
アドレナリンが一気に体中を走り回り心臓の鼓動はドドドドドドドド!破裂しそうになり・・・・・
どうやって上げたか今でも解りません!そして震える手で(足もガクガクしていた・・・)フックを外し持ってきた
30cmのクーラーに入れた。
皆、集まり・・・スゲェーな〜!デケェ〜な!イイな〜!俺も釣りてぇ〜!としばらく見ていた・・・・
(サイズは25.5cmだった、これが仲間内で今までの最大サイズになった。)
その日、家に持ち帰ったが死んでしまった。親父に魚拓のやり方を教わり30枚くらいとった!
(部屋中が魚拓だらけになった・・・・)
一番できの良い奴を額に入れて飾った。そしてこの魚どうしようと思っていると?
自分で釣ってきたのだから食べろ!と親父に言われ、食べる事に・・・・
しかし、この頃の私は肉と魚が食べられなかった・・・・口に入れただけで気持ち悪くなり吐き出していたのです。
焼くと匂いが消えると聞きオフクロに焼いてもらった。
覚悟を決めて・・・パクッと・・・・やはり臭かった!バス独特の匂いが皮にあるのを知らずに焼いた為、思いっきり
身に匂いが付いていたのでした。三口ほど食べた後、ギブアップ!
その後、釣り手帳を作り思い出せる事、総ての事を書こうとしたがつれたルアー以外は何も思い出せなかった・・・
初ヒットのルアーはオリムピックのルアーセットに入っていたウイングルアー金属で出来ていて両サイドに曲がった
羽が付けてあるトビウオのようなモノだった。
その1週間後、学校で仲間が集まると・・・・買ったぜ!オレも!俺も持っているぜ!と全員が持っていた。
そして次の釣行10月後半、また津久井湖へ行った。チョット寒かった、釣れないので前回と同じ場所へ行き
同じ事をして見たが・・・・釣れなかった・・・後で考えると・・・
1.5mの水深でバーチカルジギングのような事をしていたのだ。
行く度にやったがそのルアーでは誰も二度と釣れる事はなかったのでした〜!
毎月1度は津久井湖へ行った。
12、1、2、3月(この頃までは釣り人はほとんど、いなかった。)4、5月、釣れなかった。
6月、バスは魚を食ってるよな?と思い・・・バルサミノーを使った。
アイを曲げ泳ぐようにして引いたがだめ!・・・魚はどう泳いでいるか考えてみた・・・・・?
ミノーは左右に腰を振るウォブリングアクション・・・・と言う事は・・・・本物の魚と違うのは・・・・?
そうだ!上下にも動くよな?という事は・・・・
ロッドを上下に振りながらリールを巻けば・・・・?・・・・これだ!
とやって見た!これで完璧だ!よーし来るぞー!
しばらく続けると?・・・・・ゴンッ!・・・グン、グンッ!来たー!心臓バクバク!全身は震えていた。
25cm位のバスが釣れた!夕方まで頑張ったがその1匹で終わったが満足だった。
(筋肉痛になった、あの方法は疲れる!と分かった。)
それからは、行く度にその方法で1匹は確実に釣れるようになった。
中3の夏、沼本のバンガローに泊まり(2泊3日)で釣る事になった。
初日はAM8:00前に到着!スグに開始!
いつもの場所で1匹ミノーでキャッチ!そして友達のY君がスピナー(ブレットン)で1匹キャッチ!
更に2匹目キャッチ!今日はいけるぞ!・・・ヒット!しかしバレタ!初の2匹目だったのに・・・
Y君は私とは違いスピナーを自信ルアーとして使っていた。
そしてもう一人のS君がヒット!コネリーで釣り上げた!
(この時点で私たちの中では経験した事のない驚異の釣果!3人とも釣れた事はなかったのである。)
そして朝食の時間は終わったらしく、釣れなくなってしまった。
昼になり泊まりなので余裕を持ってバンガローに戻りカップめんを食べていると車が止まった・・・・
S君のお父さんがスイカを持ってきてくれたのだ。
(これは、モノスゴク美味しかった!)
そして午後は・・・・4時までノーヒット、4時を過ぎた頃・・・・ピョン!ピョン!ピョン!ピョン!・・ガバッ!
目の前で捕食した!・・・・釣れるぞ!・・・心臓がバクバク始まった・・・・
ゴンッ!グイグイ!ヒット!デカイ!・・・・震えながら釣り上げると29cm(最高記録)感動!
そして25cm、28cmと、この日の夕方はなんと3匹も釣れてしまったのである!(スゴイ!)
友人達も3匹づつ釣っていた、この日の夜は興奮してナカナカ眠れなった・・・・
しかし3人ともいつのまにか爆睡していた。
翌朝AM4:00に目覚ましが鳴り起床!カップめんとパンで朝食を済ませ出陣!夜が明けだした。
自分達だけで他の人はまだ来ていない・・・・皆、思い思いの場所へ歩いていった・・・・
開始してスグにヒット!AM8:30までに3匹釣れた・・・・他の2人は・・・・やはり釣っていた・・・・
S君はなんと!今まで見た事も無いようなBigサイズ35cmを釣っていたのです!
それを見て・・・・デケェ〜!すげ〜!ポットベリーだな〜!皆感動していた・・・・・
AM9:00バンガローをカタズケに戻った・・・・どうする!これから・・・・?
皆、目と目を見合わせて・・・・夕方までやろう!うん!そうだ!そうだ!
と言う事で始めたが日中は暑く釣れない・・・・疲れてきた・・・・・PM3:00誰も釣れず・・・・
どうする?・・・・帰るか!?・・・・・うん!そうだな!皆釣れたし・・・・帰ろう!帰ろう!
と言う事で!バスに乗り帰途へ・・・・無事に家に着いたのでした。
その後、8月になりY君を誘い津久井湖へ・・・AM7:40沼本に到着!(ンッ!景色が・・・違う・・・)
目の前の小島まで干上がって水が無い!・・・・(直線で行けるからイイか!)
島へ渡り反対側を見ると・・・・なんと・・・・ココも水が無い!・・・・(ガーン!)
右側の小川は・・・・道志川?・・・・更に歩き水のある場所まで・・・・完全な水溜り・・・いない・・・・!
大きい方の島の前まで来た・・・ここは水がつながりワンドになっている・・・・よし!ここでやろう!
Y君は先へ行ってしまった・・・バルサミノーを付け沖へ・・・・釣れない・・・・そうか!この岸沿いに・・・
いつものアクションを続けた・・・・疲れてきた・・・・しかしココで負けてはいけない!・・・・
ライズも無い!・・・・水は茶色く濁っている・・・・・やっぱりダメか・・・・・足元でミノーが止まり・・・
あげようと思った瞬間!下から大きな口が・・・・・・ガッバッ!うっわー!ビックリした!
ドドドドド!ドボッドボッ!ガバッ!ガバッ!・・・グイ!グイー!でけー!
気が付くと足は20cmほどヌカルミに埋まり動けなくなっている!・・・・・やばい!・・・・・
思わずY君を探すと・・・はるか遠くに・・・・おーい!おーい!気が付かない・・・・・更に大きな声で・・・
助けてくれー!助けてくれー!と叫んだが・・・・Y君はおろか誰も来ない!・・・・・どうしよう・・・・
足は更に埋まっている・・・・動けない・・・・フッ・・・・・・なんだ!・・・・・巻ける・・・・・?なんだ・・・
バレテイタ・・・・・!・・・・ショック!・・・・・見た事も無い大きな口だった・・・・・・
体の震えが止まらない・・・・・どうしたの?・・・・Y君が現れた・・・・お前ー!何ですぐ来ないんだよー!
思わず当たってしまった・・・・・それからは当たりも無く・・・昼には帰った。
あぁ〜あれは50cmはあったな・・・・・逃がした魚はデカイと言うが・・・・・
デカイから逃げるのだ!と思った。(8月の津久井湖は水が無いのだ!)
2学期が始まり皆,受験の為に勉強しないと、と言う事で誘いに乗ってもらえず行く奴がいなくなった。
自分は当然受験勉強などせず高校へ行けるのか?チョット不安になっていた。
クラスの皆が自分よりも頭が良く見えていた。
担任の先生からどうする?と聞かれ・・・・・まだ就職したくないし・・・・・高校くらい行かないとカッコ悪い・・・
高校案内を買ってきて行けそうな所を調べた・・・・担任からココはどうだ?と見せられた学校は・・・・
男子校だったのでココはチョット・・・・と断った・・・・そして探した学校は・・・・
普通科,商業科,家庭科のあるココなら女の子が多いだろうと決めた。
入試発表の日、見に行くと・・・・自分の番号が無い!・・・・やばい!・・・・勉強しなかったからな〜・・・・
就職しかないか・・・・?とその時、オ〜イこっちにお前の名前があるぞ!・・・・
見に行くとなんと・・・・商業科に名前が・・・・・普通科を受けたのに・・・・なぜ?・・・・
中学校へ戻りその話をした結果・・・・普通科で入学する事になった。(あ〜よかった!)
入学して見ると自分よりも学力が下だろうと思っていた同級生、上だろうと思っていた同級生が同じクラスにいた。
な〜んだ自分が思っていたよりも皆・・・・・・と言う事だった。
入学した学校は校舎が2つあった。校舎と校舎の間に川があり(30m位の橋があった。)に分かれていた。
川沿いにしばらく下ると大きな川がありその川沿いに下ると海へ行けた。(マラソンで走ったが距離はあった)
天気の良い日には校舎の屋上からは富士山も見えた。
条件はまるで青春ドラマに出てくる学校のようだった・・・・・
入学式の初日、教室で先生の来るのを待っていた時・・・・・
見るからに色々な奴がいた、40人くらいのクラスに女子はなんと・・・・10人しかいなかった。(しまったー・・・・)
皆ガヤガヤしていると他のクラスらしき奴が入ってきた・・・・友達が居るようで話していた・・・急にツカツカと
後ろの方へ行ったかと思うと急に殴り合いが・・・・ナンナンダーここは〜!ドラマじゃないんだぞ〜!と思いつつ
君達!止めたまへ!一人に二人がかりとは卑怯者!と行くか?と悩んでいるうちに終わってしまった・・・・
その後、その二人は退学になりもう一人もあるものを吸い過ぎやめてしまった・・・・
ある音楽の時間、今日はレコードを聞きましょう!と先生が(新任の若い女の教師)出したのはなんと・・・・
ビートルズやロック、フォーク等、いいのかなぁ〜?中学校では考えられなかった!逆に怒られた・・・
この学校は・・・良いかも?・・・・そして、音楽の試験の時、自分の好きな歌を歌ってください!と言われ・・・
先生、自分でギター弾いて歌っても良いか?と聞くと何でも良い!と言う事でやる事になった。
当日は、朝のラッシュにギターは持って行きたくなかったので、いつもよりも1時間早い電車に乗りハード
ケースにパールのアコースティックを入れてって行った。
そして,音楽の時間・・・・首からハーモニカを下げやったのは・・・・・井上揚水の夢の中へでした〜!
その学期の音楽の成績は非常に良かったのでした〜!(これが、大勢の前で始めて歌った時でした〜)
この学校でビックリしたのが、試験前になると先生がここは覚えて置くように!と出るところを教えていたのです!
勉強嫌いの自分も、そうか!と覚えて見たら・・・・なんと!そのまんま問題になっていたのです。
当然のように成績は良くなり、自分は頭が悪い!と思っていたのでこれじゃ皆できるよ!と思いました。
しかし、できない奴が居たので不思議でした・・・・
高校と言うのは同レベルで入るので自分達よりも できる奴らはもっとレベルの高い学校に入ったんだ!そうか・・・
と納得し、この学校で良かったと思いました。高校では中学の時のように勉強に困る事はなかった。
クラブへ一つは入らないと行けないと言う事で悩んだ・・・・
 |
 |
↑
←高校時代の私は
こんなでした。 |
剣道は自信あるが高校では厳しそうなので止めた方が良いな・・・結局、担任がハンドボールの顧問と言う事で
入る事にした。入ってビックリしたのが小さなコートをずーっと走り続けるキツイ(予想外)スポーツだった。
その後、キーパーはボールを捕る姿がカッコ良かったのでキーパーになった。
しかし、至近距離からのシュートは怖かった!時々急所に当たり大変だった・・・・
授業に武道という時間があり、柔道か剣道、どちらかを選択しなくてはならなかった。
授業ならと剣道を選んだ。
数回授業を受けると・・・・お前、剣道やってたのか?と先生に聞かれ・・・中学で!と答えると・・・そうか!よし!
剣道部へ入れ!と一言。(ヤバイ!・・・・)ハンドボールに入っているので!とお断りした.(ア〜良かった!)
その後、顧問の間でトレードの話が進んでいたが何とかまぬがれた。
 |
そして1年の終わりに自動二輪の免許を取り
ホンダの中古でCB250を買った。
当時ロケットミラーというのが流行って
自分も付けていた。 |
一人で走りに行った帰り道、前方にゲンチャリが居たので抜いてやろうと追いかけこのカーブで抜ける・・・と
曲がろうとした時ズッ!・・・ズリッ!すべった・・・・目の前には石の塀がある・・・・やばい!・・・・ぶつかる・・・・・
その瞬間・・・・・こけた!ガッシャ−ン!・・・・痛て−!と起き上がると塀の上からオバサンが顔を出しダイジョウブ?
あ〜、平気です!そしてさっき抜いたゲンチャリがダイジョウブですか?と戻って来た!ダイジョウブ、ダイジョウブ
腕の皮が擦り剥けていた・・・(カッコつけたはずが逆に、カッコワリ−・・・・)
その後、半年間ヨーカドーでバイトをした。(肉屋だった)自分は元々魚と肉が嫌いだった。
バイト中に試食がありお客さんへ、いらっしゃい!いらっしゃい!おいしいよー!とやっているうちにジンギスカンの
タレの匂いが美味しそうでチョットツマミ食いをして見た・・・・ラム肉が美味かった。(ほとんどタレの味)
その次はステーキの試食、塩コショウで味を付けただけだが?美味そうに見え食べるとグットだった。
これに味を占め社員の人に焼き方を聞き試食の無い日も自分で焼いて食べていた。
これ味見してみろとハムを出され食べると?これも美味い!ボンレスハムってこんな味なんだ・・・・
その後、一人でハムを食べていると・・・おーい!チーフどーした?とマネージャーが後ろから現れた・・・・
口の中がハムでイッパイで返事ができなかった。・・・この後は想像にお任せします・・・
ある日の夕方、町田にある釣具屋へルアーを買いに行こうと出ると、友達に逢い、俺も!と言うので後ろに乗せ
時間が無いから急ぐぞ!(閉店まで10分くらいだった5分で着くと思った)細い十字路に出た瞬間・・・・
ドンッ!なんとタクシーにブツカッテシマッタ・・・気が付くと後ろに乗っていたはずのI
君が自分の背中に乗っていた。
人差し指が折れていた。I 君は少々擦りむいただけだった。
 |
バイト代で今度はヤマハのRD350を買った。
デ・デンデン・デン!デ・デンデン・デン!
フゥー!ファーーー!っと走っていた。 |
入学以来、釣に行ってなかったので友達を乗せ津久井湖へ行ったが釣れず早く帰る事にした。
川沿いの道を走っていると・・・イキナリ、ウゥ〜!ビックリしてコケそうになった。スピード違反で白バイに
捕まってしまった。
道具を見て釣れたか?と聞かれマルッキリダメです!だから勘弁して!と言ったが、ダメだった。
実地講習を受けに行かなくてはいけなくなり、多摩川の練習所へ行くと・・・・同じ学校の奴が居た(アイツモか・・)
そして各自のバイクを点検した時・・・・これは誰のだ?・・・・僕のです!・・・・これは外すように!と言われた。
タンクの左右に丸い赤灯を白バイのように付けていたのでした。
(夜走ると白バイ状態・・・・サイドカバーの中にサイレンも仕込んであった・・・・)
講習を受けて免停は終わった。
ある日、秦野の友達の所へ遊びに行った。
しばらくして家の裏側へ行くと・・・・現チャリ(ヤマハのミニトレ)が放置してあった。
これ壊れてるの?そう!・・・・じゃぁと二人でなぜかシートブスブスと刺して遊んでいた・・・・・・
エンジンかからないかナァ?とやっていると・・・・・ポンッ!ポンッ!ポポポポポポとかかった。
いらない!と言うので貰う事にした。国道246を走って帰る事に・・・・25K位しか出ず道路の左端を止まるなよ!
と思いつつ走った、途中長い下り坂になりスピードが出た、しばらくして・・・パンッ!パン!・・・パパパパパッ・・・
パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パンッ!パパパパパ・・・・・ビィーーー!っとエンジンが回り出した・・
エンジン内のカーボンが焼け取れ調子が戻ったようだ・・・・
その後は快調なスピードで走る事ができ1時間後に家に着いた。
その後、シリンダーを削り、スプレーで色を塗り替え名義変更して駅までの足として使っていた。
ある学校の帰り、改札を出ると目の前に何人か他校の生徒が立っていた、何だあれ?と思いつつ階段を降り
ミニトレに乗り帰ろうとした時・・・・おいっ!と後ろから呼び止められた・・・・振り向くと改札に立っていた奴ら・・・
背の高い剃り入れた丸刈りとチビの二人だった・・・学ランのバッジを見ると・・・1年防ー・・・可愛い顔して眉毛も
剃っていた・・・なに?と聞くと!・・・金貸してくれ!(カツアゲしようとしていたらしい)・・・
 |
エッ!誰に!と聞くと?・・・・俺に!・・・・・
なぜ!お前に貸さなくちゃいけない!
オメェーなんか知らね-よ!ふざけんな!
俺はそんな幸せな奴じゃねーんだよ!
1年ボー!と言うと・・・・
俺らは学生会だ!と一言・・・・
(これでビビルと思っていたらしい)
当時、良くからまれた・・・・ |
 |
学生会?それは関係ないでしょ!
その後、コンコンと
こんな事はしてはいけない!
と説教して別れたのでした。
メデタシ、メデタシ。 |
{当時、暴走族等も多く高校間でツッパリ達が集まり学生会と言う集団を作り、各支部が一定の地域を治めようと
していたのだった。まるで漫画のようだが事実なのです。}
RDにはコンチのハンドルに変え前輪の横に今度はグリーンのフォグのようなライトを付けて走っていた。
ウ〜ンきれいだ!と満足していた。
ある夜、踏切を渡り下り坂パァ〜〜ンと走っていた・・・・これから上り坂だと思った瞬間!車が・・・・・道幅の広い
こっちが優先のハズ!?・・・・・キキキキキキー!ドンッ!・・・・・・起き上がろうとしても動けない?
気が付くとバイクが自分の足の上に倒れていた。近くにいた人がバイクを起こしてくれた、体に力が入らず
足を見るとペダルに引っ掛かっている・・・?引っ張ってとるとペダルが折れ曲がり靴の底に刺さっていた。
足の指が切れ骨が砕けていた。(こちらが優先でも飛び出てくる奴がいる!気をつけなければ!と思った)
そして退院後、松葉杖をついて学校へ・・・・松葉杖初体験である。(なぜか嬉しかった)
小田急線で大きい顔してシルバーシートに座れた。(チョット嬉しかった)
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この時の慰謝料でCB750を買った。
(周りからはかなり反対された・・・・) |
2年の終わり・・・・
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